アメリカでアメフト留学に挑戦中の息子が「あなたのように育つためには、どうしたらいいの?」と周りの親御さんたちから質問責めになった話
- かやはらけいこ

- 6 日前
- 読了時間: 4分
先日、アメリカでアメフト留学に挑戦している息子から、
こんな話を聞きました。
「最近さ、アメリカ駐在のお父さんお母さんたちに
『どうやって育ったの?』
『どうしたら、あなたみたいに育つの?』って
理由を聞かれるんだよね」
そして、俺は、
「多分うちのお母さんの教えだと思うんだよね。」
と答えている、と。
その話を聞いたとき、
私は正直、少し戸惑いました。
特別な教育をしてきたつもりもないし、
何かを意識して教え込んできた覚えも、
あまりなかったからです。
すると息子が、
「たぶん、こんな話も一例だよ。覚えていないかもだけど」
と言って、
私自身がすっかり忘れていた出来事を
改めて教えてくれました。
〜迷子の男の子と、一袋のお菓子〜
それは、息子が小学校4年生くらいの頃のこと。
トヨタカップの試合を観に行くスタジアムの、
まさに目の前に差しかかった時でした。
会場へ向かう途中、
小学校1〜2年生くらいの男の子が、
お母さんとはぐれて泣いていました。
私は声をかけ、
お母さんが見つかるまで
一緒に待つことにしました。
その時、
私は息子にこう言ったそうです。
「あなたが持っているお菓子、
この子にあげなさい」
そのお菓子は、
息子が試合を観ながら食べるのを
とても楽しみにしていたものでした。
息子は、その瞬間のことを
こう振り返ってくれました。
「本当に、あげたくなかった。
正直、すごく嫌だった」
それでも、
母親にそう言われて、
彼はお菓子を男の子に渡しました。
迷子の男の子は、
お菓子を食べながら少しずつ落ち着き、
無事にお母さんと再会することができました。
試合中、ずっと悲しかった。
でも、その後の試合中、
息子の気持ちは、晴れていなかったそうです。
「試合を観ながら、
本当はお菓子を食べるはずだったのに、
自分は食べられなくて……
正直、すごく悲しかった」
後から振り返っても、
「あの時は本当に悲しかった」
と息子は言っていました。
“いいことをしたから、すぐに嬉しくなった”
わけではありません。
ちゃんと、
自分が欲しかったものを手放した痛みが、
そこにはありました。
〜「なんで、俺にだけ?」〜
試合が終わり、帰ろうとした時のことです。
私たちの席は招待席で、
周囲にはVIP席の方々もいました。
その後ろの席の人たちだけが持っていた、
非売品のパンフレット。
すると突然、
知らない外国人の方が息子に声をかけました。
「これ、君にあげるよ」
そう言って、
そのパンフレットを息子に手渡してくれたのです。
息子は驚いていました。
「なんで、俺にだけ?」
その時、
私はこう伝えたそうです。
「さっき、困っている子のために
お菓子をあげたでしょ。
人のためにしたことは、
別の形でちゃんと返ってくるんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、
息子の中で何かがつながったと言っていました。
「そういうことか……」
それが、今の生き方につながっている。
息子は続けて、こう話してくれました。
「あの時は、
本当に悲しかったし、我慢もしたけど、
今思うと、
“誰かのために差し出す”って
こういうことなんだって分かった」
私はいつも、
「まずは自分の心を満たしてから、
人に与えなさい」
と伝えてきました。
でも息子は、
満たされていない時でも差し出す経験を、
あの出来事から受け取ったのだと思います。
〜今に繋がる〜
そして今、
アメリカという厳しい環境の中で、
彼は挑戦を続けています。
見返りを求めず、
まず誰かの役に立とうとする姿勢。
それが、
「どうやって育てたの?」
「どうしたら、あなたみたいに育つの?」
という質問につながっているのだと、
息子の話を聞いて改めて感じました。
私が教えたというより、在り方だった。
正直に言うと、
私はこのエピソードを
すっかり忘れていました。
でも息子は、
その時の感情ごと、
ずっと覚えていました。
言葉で教えたことよりも、
その場でどう行動したか。
何を大切にしたか。
在り方は、
思っている以上に伝わるものなのだと、
息子から教えられた気がします。
変化は、うまくいくかどうかじゃない。
子育ても、人生も、
最初から正解が分かるものではありません。
うまくいくかどうかを考える前に、
まず行動してみる。
あの日、
息子にお菓子をあげさせたことが
正解だったかどうかは分かりません。
でも、その小さな出来事が、
彼の価値観をつくり、
今の生き方につながっています。
理由のある人生は、
理由のある行動から生まれる。
息子の話を聞きながら、
私はそう実感しました。





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